傘も方便【短編】
「ありがとうございました。後、なんかすいません。変なことに巻き込んでしまって。」


それぞれのオフィスがあるビルに着くと深々と頭を下げた。


きっかけはどうであれ、迷惑をかけてしまったし。


まともに話したこともない人に。


「変なことって……ああ、何となくだけどカフェに誰かいた?」


「えっと……はい………でも終わった事です。」


「終わった事?」


「はい。終わってます。ただちゃんと意思表示出来ていなかったので。」


「なるほど。それで突然の密着という訳か。」


やっぱりバレてたか。そりゃそうだよね。かなりの挙動不審だもんね。


「助かりました。ありがとうございます。それに傘も……濡れずに済みました。では。」


これ以上話すこともないし、一連の出来事を思い返すと何となく居心地が悪い。


足早にそこから立ち去ろうとしたら、


「いいんじゃない。嘘も方便っていうし。」


呼び止められた。


「えっ、ああ、まぁ、そう言って頂けると。」


もうフォローとかいいよ。恥ずかしいから触れないでほしいくらいなのに。


再び立ち去ろうとしたら、


「それにーーー、これ。」


と、彼が渡してきたものは


「えっ、これ?傘……私に?」


ビニール傘をこちらに差し出してくる。


どういうこと?


私が戸惑いを隠せないでいると


「だってこれ最初から君の。だから返す。俺のはさっきの蕎麦屋に置いてきた。」


はっ?


なんて?


意味が分からないんですけど?


だってさっきあのお蕎麦屋さんで自分の傘だって言うから私……


どういうこと?



< 6 / 10 >

この作品をシェア

pagetop