クラウンプリンセスの家庭教師
ふたり
 ヴァルターが『あくまでも個人的な病と療養の為』辺境の領地に移って、一つの変化があった。なんだかんだと、ヴァルターはトリスとカイの間にいた。つまりトリスとカイがふたりで過ごす時間が増えたのだ。

 あんな男でも、居た方がマシ、という事はあったのかもしれないなとトリスは思った。第三者の存在を欠く事で、恐れていた事が起こった。
 王女殿下は、家庭教師を寵愛している。
 そんな噂が真実味を持ってささやかれるようになった。今までは、ヴァルターが否定して周っていたのだろうが、彼が中央から姿を消した事で、二人だけで過ごしたいトリスに追いやられたのだというもっともらしい尾ひれまでついてしまった。
 かと言って、ヴァルターを呼び戻すわけにもいかない。
「いなくなって初めてわかる事というのはあるものだな……」
 トリスがぽつりとつぶやいた。

 ヴァルターに対する処遇の甘さは、もしかしたら彼への恋情ゆえだったのかと少なからず疑っていたカイは、トリスのこの言葉を聞いて、あやうく逆上しそうになった。
 あの時、トリスにのしかかっているヴァルターを見つけた時に、殺意がわいた事を自覚した。あの男が、トリスに触れた。そう思うだけで、心がざわめく。本来であれば、投獄か、最悪死罪すらありえる程の大罪人を、トリスは許したのだ。
 否、そもそも、トリスがヴァルターに恋愛感情があれば、あのまま止める必要は無かったのだ。彼女はヴァルターを拒絶し、自分はそれを助けた。それがすべてだ。

 もしかしたら、象牙の塔へ戻る頃合いかもしれない。カイは思った。今の自分は、ヴァルターやガイナと変わりない。いつトリスに襲いかかるかわからない。幸いにして、ヴァルターを宮廷から廃する事はできた。あとはガイナさえ封じてしまえば、当面の危機は去るのではないか。自制心を失った自分が、トリスに対して何をするか、想像するだに恐ろしい。

 互いを想い合いながら、互いを遠ざけなくてはならない二人。その関係に気づいている人間がいた。

 王妃、ヘルミーナ。気に入りの愛人を失ったにも関わらず、彼女はトリスにとりたてて意見をしなかった。彼女の興味は移っていたのだ。娘の初恋の相手ではなく、娘が知らずに愛し始めている男に。

 カイ・グロースは、どのように女に触れるのか、確かめたい欲求を満たす為、王妃は策を巡らせていた。
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