クラウンプリンセスの家庭教師
老賢者 エデル・シュネーヴァイス
「あー……そろそろ、入ってもいいかのぉ……」

 二人の唇が重なる寸前に、老賢者がこっそーーーーりと扉を開けた。こっそり、しかし、声だけははっきり聞こえるように。トリスとカイは弾かれたように、慌てて身を離し、並んで賢者に向き直った。

「説明、してもらえるかの?」

 瞳をキラキラと輝かせて、尋ねる様子は、お伽話をねだる子供のような無邪気さだったが、二人が交互に状況を語り始めると、カイの保護者としての物腰柔らかな顔に変わっていった。

「まず、はっきりさせたいのは、殿下は、お立場を変える必要は無いという事ですな」

 だが、それは、と、トリスが言おうとすると、今度はひときわ真剣な面持ちで、言った。

「既に貴女はクラウンプリンセスとして宣誓をされています。そのお立場を変えるには時間が必要ではありませんか? それとも、私は、ベアトリクス殿下を買いかぶり過ぎておりましたかな?」

 後先を考えずに我侭に振る舞う事は無責任であるという事を言外につきつけられている。

「即位前にご成婚あそばす事はめずらしい事ではありません、あなたのお父君も、そうでした」

「私は、殿下が、己に課せられた義務や責任を、きちんと果たされるお方だと信じておりますよ、私が言うまでも無く、殿下は己に色々課してこられた。立ち向かっていけるだけのお力は既にお持ちです」

「それに、これからは二人なのですから」

 そう言うと、老賢者はにっこりと笑った。

 程なくして、長く宮廷を留守にするわけにいかないトリスは早々に城へ戻った。護衛の兵士にすら側近くに寄ってほしくないと思ったが、カイは口には出さなかった。カイには、準備があるからと、エデルはカイを塔に残した。

 城へ戻る少し前、カイは、今度こそ、と、ばかりに、トリスを抱きしめて、思う様口づけた。懸命にカイに答えようとするトリスが愛しくて、抱きしめた腕に力がこもり、唇の柔らかさと、熱さをじっくり、じーーーーーーっくりと味わい、別れた。
 あと少し時間があったら、トリスを押し倒しそうな勢いだったところを、わずかな理性が食い止めた。

 いや、むしろ、ここで押し倒しておくべきだったのだ、と、カイは激しく後悔する事になってしまった。

 ベアトリクス殿下、失踪の知らせが、翌日、象牙の塔へも知らされた。
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