渇愛の契り~絶対王と囚われの花嫁~


夜明けと共に、カルデアはろくな花嫁道具も持たされず、身一つで馬に跨る。

もちろん、アルナデール国の使用人からの見送りも、イナダール国からの使者もいない。

皆に知らされる前に、カルデアの旅立ちが決まったからだ。

カルデアは動きやすいドレスの上から、ローブを羽織り、皮の手袋を着けて、手綱を握る。

吐く息は白く、かじかむ手の感覚が消えないようにと、握ったり開いたりを繰り返し、血行を良くした。

そして、目に焼き付けるように、城を見上げる。


(もう二度と、この国の地を踏むことは、無いのかもしれない。生まれ育った城にも、戻れないことでしょう)


「さよなら、アルナデール……」


(寒くて、私たちに試練ばかりを与える、厳しい土地だけれど……この白い雪の国が大好きだった)


覚悟はしていたのに、目元が熱くなった。
それでも泣かまいと、カルデアは仄暗い暁の空を強く見据える。


そんな時だ、足音が駆け寄ってくるのが聞こえて、カルデアは反射的に振り返った。


「カルデア姉様!!」

「……っ、アイル!!」


側にやってきたのは、この国の第一王子である、弟のアイル・アルナデールだった。
そして、女王制度の無いこの国では、唯一の王位継承者でもある。


アルナデールでは、二十歳になると議会の結果によって決まった王位継承者が新たな国王として国を治めることになっている。


アイルは二十二歳で、とっくに王位を継いでもおかしくないのだが、国王はこの国の権力を失うことを恐れ、大臣たちをそそのかし、未だ戴冠式さえ行われていない。


(アイルは賢く、民を慈しむ心優しい王子だわ。アイルならきっと、立派な王になるというのに……)


アイルは悲痛な面持ちで馬上のカルデア見上げている。

そんなアイルを、馬上から見下ろすカルデアは、希望の見えないこの国に、弟を残していくことに胸を痛めていた。

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