私は対象外のはずですが?~エリート同僚の甘い接近戦~
丸めた書類の束を片手に立っていたのは、少し長めの黒髪を斜め後ろに流した長身の男性。二課の課長、森川さんだ。歳は確か三十二だったと思う。

その切れ長の目がスッと河田くんを見据えている。顔立ちが整っているだけに、余計にその視線が怖い。「やべっ」と河田くんは小さく呟くと、森川課長とは目を合わせずに自分のデスクに戻っていった。

「ったく、何やってんだあいつ」

森川課長は深くため息をつく。そして私のデスクの上に、手に持っていた書類を置いた。

「悪いけど木谷、これ三十部コピー。両面で」

「えっ」

今から? これ、ざっと見ても二十ページはあるよ……?

「何だよ、“まだ仕事が……”残ってるんだろ?」

森川課長は口角を上げる。さっき、河田くんに言った私のセリフ、聞かれてたか……。口実で口走ったのを知っててワザと言ってるな。でも、私は課長のアシスタント事務もしているので、無理がなければ頼まれた仕事は基本的に受けてしまう。それに課長は人使いが荒いように見えて、実はちゃんと部下ひとりひとりの事を見ていてフォローも欠かさないし、彼が頼れる上司であることは、この課の人間なら誰もが身に染みて知っている。

「わかりました……」

私は書類を持って椅子から腰を上げた。

「あ、うちのコピー機、調子悪くて今使えないから。一課に行って貸してもらえ」

「え、そうなんですか。じゃあ行ってきます」

「それとな、木谷」

フロアの出口に向かいかけた私を、課長は呼び止める。そして、声のトーンを少し落として、話を続けた。

「その気がないなら、河田にキッパリ断れ。同じ職場の人間相手にどこまで言っていいか、お前が躊躇してしまうのは分かるけどな。いつまでも新入社員じゃないんだ。もう、相手の感情に振り回される立場でもねぇだろ」

「……わかってますよ」

私が伏し目がちにうなずくと、課長は私に背を向け、何も言わずその場から去っていった。

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