私は対象外のはずですが?~エリート同僚の甘い接近戦~

それから一ヶ月が経過したけど、あれ以来、特に新山さんが宮坂主任の話を私に振ってくることもなく、通常通りの日々が過ぎた。

梅雨も明け、朝からジリジリと照り付ける日射しにうんざりしながら、自宅から駅まで徒歩十分の道のりを足早に急ぐ。いつもはぎゅうぎゅう詰めの通勤電車の乗客が半分くらいになっていることに気づき、『ああ、学生はもう夏休みに入ったんだ』と自分も数年前そうだったことを思い出して、ちょっと懐かしくなった。そんな風に気持ちに余裕が持てるのは、仕事が忙しくても、いつもと変わらない調子で毎日を送れているから。

そんな七月下旬の金曜日。

午前八時二十分。いつも通りに出勤し、デスクのパソコンを立ち上げ、メールをチェックすることから一日は始まる。営業担当者の今日の予定は分かっているから、彼らが外回りに行く前に本日の業務内容の確認。始業の八時三十分からは、電話応対や伝票処理、見積書や会議用資料の作成をして、昼食時に社食に移動した以外は、二課のフロアからほとんど出ることなく、定時過ぎの午後六時を迎えた。

よし、ちょっとバタついた時間帯もあったけど、今日も滞りなく一日の業務終了。パソコンをシャットダウンしようとした時、デスクの右横から声がした。

「木谷さん、今日はもう終わりですか?」

斜め横を見上げると、後輩の男性社員がニコニコと笑みを浮かべて立っている。新山さんや山下くんと同期の営業、河田くんだ。

「河田くん、お疲れさま」

「お疲れさまです。今、ちょうど俺も終わったとこなんです。一緒に帰りませんか?」

……来た。

河田くんは時々こうして私に声をかけてくることがある。愛嬌があって親しみ易くて課のムードメーカー的存在なんだけど、ちょっとチャラい感じがするから、どちらかというと苦手。

「あー、ごめんね、私まだ仕事が……」

「そーなんすね、じゃあ、手伝いますよ」

「えっと……」

困ったな……。私は何気なく辺りに視線を向けた。いつもならまだ女子社員も残ってる時間だけど、珍しくほとんど帰ってしまっている。ああ、そういえば朝に、今日は花火大会があるから早く帰らなきゃ、とか誰か言ってたっけ……。デートかもしれないし、それとも花火会場最寄り駅の沿線に住んでいて、混雑を避けるために早めに退社したのかもしれない。

おもむろに近くに置いてあるファイルを手に取りながら、河田くんが早く立ち去ってくれること願っていると。

「おーい河田、さっきの報告書、ミスがあったぞー。さっさと直してこい」

背後から別の人物の声が聞こえ、私と河田くんは、ほぼ同時に振り返った。
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