樫の木の恋(中)
さすがに今まで大殿にそんな事をした者がいないからだろう。皆驚いていた。
皆、大殿にそのようなことをしたら、大殿が怒るのではと顔をしかめているものまでいる。
しかし皆の予想は外れていた。
大殿は秀吉殿の腕を掴み、口を塞がれないようにしている。
「ははっ止めろ秀吉!余りわしにじゃれてると、半兵衛が妬いてしまうぞ?」
「大殿がそのようなことを言うからです!」
「なんじゃ良いではないか。お主らは付き合っておるのだから、二人の間に隠し事は良くないじゃろう?」
周りがしんとしているのに、二人は仲睦まじくじゃれあっている。それを見ていると、やはり妬いてしまう自分がいた。
「ほれ、あまりくっつくな。半兵衛が妬いておるぞ。」
「大殿が腕を掴んでるんじゃないですか!」
「ああ、そうじゃった。悪い悪い。」
そう言いながらも大殿は急に思い詰めた顔をして秀吉殿の腕を離さなかった。
皆、やはり怒るのだろうかと恐れて、こちらを気にしながらも火の粉がかからないよう見ないふりをしていた。
しかし、それがしだけは大殿が何を思っているのか分かっていた。
「大殿?どうされたのです?」
「ん、ああ。なんでもない。」
そう言ってするりと秀吉殿の腕から手を離した。
秀吉殿はそんな大殿を不思議に思いながら首を傾げる。
大殿はやはり、秀吉殿が今でも好きなのだ。
離したくなかったのだ。
思わず大殿の心が出てしまいそうになり、ひやっとした。
秀吉殿は大殿に本気で迫られたら、きっと断れない。
それだけ大殿に恩義を感じているのだ。
その事実がどれだけ自分を不安で蝕んでいることか。
秀吉殿には分からないのだろうな。