樫の木の恋(中)
「まぁ……冗談だ。」
「ええ、冗談に留めておいた方が身のためですなぁ。」
にやにやとした秀吉殿から柴田殿はすっと手を離し、ゆっくりと腰を下ろした。
秀吉殿は乱れた着物を直そうとはせず、疲れたと言わんばかりに座った。
「何故、大殿はこんな小賢しい女狐などをお好きになられたのだろう…。」
「おや、では柴田殿もそれがしと口付けでもしてみます?分かるやもしれませんよ。」
秀吉殿はたまにそれがしの予想の遥か斜め上を行くときがある。冗談だとしてもそのような事口にして欲しくない。
しかし柴田殿はそれは吐き捨てるように断った。
「ふざけるな、汚らわしい。」
「酷いですなぁ。てっきり美人が好きなのかと思っていたのですがねぇ。お市の方様とか愛おしい目で見ておられましたから。」
「…っ。お主のような化け物は好まん。」
全然予想だにしていなかった。柴田殿がお市の方様に心を寄せているとは。そういう観察眼も秀吉殿には備わっている。さすがの一言だ。
柴田殿もまさか気づかれているとは思わなかったのか、動揺している。
「その言い草はいただけませんなぁ。遠回しに、それがしの事が好きな大殿と半兵衛を貶している。」
「そういう訳じゃ……、のぉ、半兵衛。お主は何故このような女狐を好く?」
秀吉殿に言われてようやく思い付いたかのように、それがしに疑問をぶつける。