樫の木の恋(中)
「柴田殿、撤退しましょう。」
秀吉殿が口を開いた頃には、皆このまま攻めいり、七尾城を落とそうと決めていた。
「何を言う羽柴殿!たった今、柴田殿がこのまま攻め落とそうと言ったのが聞こえなかったのか!」
佐々殿が声を荒げ、蔑むように秀吉殿を見る。
佐々殿は、昨日秀吉殿に小者と言われたことを根に持っているな。
そう思う程憎々しげに秀吉殿を見ていた。
「上杉家は七尾城を落とすことに心血を注ぎ、既に疲弊しているだろうよ。今攻めれば、落とせるじゃろう。秀吉、何を恐れる?」
柴田殿が別に責める訳でもなく、淡々と事実を並べていく。自分もそう思うが、秀吉殿には別のものが見えているのだろうか。
「相手は上杉。舐めてはいけません。援軍が来ていたらどうされるのです?」
「そんなすぐには来んじゃろう。」
「ですから、その甘さがいけないのです。戦というものは勝てる戦しかしてはいけないものです。」
秀吉殿のその言葉に柴田殿は小馬鹿にしたように笑う。
「秀吉、お主もやはり女子じゃのぉ!上杉家とやるのが怖いのか?」
「ええ、敵は恐れるもの。上杉家というのは戦上手にございます。万全の態勢でやった方がいいです。」
柴田殿が小馬鹿にしても秀吉殿は冷静に冷たく答える。