フェアリーテイルによく似た

畳をドスドス言わせて国松さんがいなくなると、目の前のメニューがようやくはずされた。
瞼越しに居酒屋の照明が刺さってくる。

中根(なかね)!」

加賀美君が同期の中根君を呼び止めて、何か相談して、

「あははは! 了解、了解。頑張れ、加賀美」

その中根君の声も遠ざかると、もう人の気配はしない━━━━━

ん?

んんんんんん?

んんんんんーーーーーっ!!

再び明かりが遮られたと思ったら、口の中、すごいことになってる!
口の中だけじゃなくて身体の内側全部、すごいことになってる……。

目は閉じたままでも、顔に当たるメガネの感触と、わずかに鼻から漏れる声だけで、相手が誰かわかる。
夢を見ているようで、それでいてどこまでも現実的なビール味。
だけどこれは、どんなアルコールより、ずっとずっと強力……。

おとぎ話でよくある、キスされて目覚めるってやつ、あれ、本当は相手が嫌だったんじゃないかな?
だって全然起きたくない。
というより、力が抜けて起きられない。
これは呪いを解くというよりは、深みに引きずり込むような━━━━━。

「これでおしまい」とでも言うように、ちゅっという音がして呪いは解かれた。

「何飲んだんですか? これ……甘い?」

「青森県産アップルアペタイザー」

「起きるんじゃなかったんですか?」

「ええー。もっと!」

「もうしません」

「ケチー」

しぶしぶ開いた視界には、相変わらず冷静なメガネの君。
いつも磨き抜かれているそのメガネに、私のファンデーションがベタッとついてしまったようで、ポケットから取り出したハンカチで名残惜しさの欠片もなくキュッキュッと拭き取ってしまう。

「送りますから立ってください」

「幹事は?」

「中根に頼みました」

「じゃあお姫様抱っこして」

「重いから無理です」

……ああ、加賀美よ、加賀美。
なんてデリカシーのないヤツ。

加賀美君がさっさと立ち上がるので、仕方なくよろよろ立ち上がった。
眠いだけだから思ったよりは歩けたけれど、加賀美君は私の腕を取って支えるように店を出る。

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