フェアリーテイルによく似た

★一つ目の願い 『あなたと恋がしたい』




いつだったか、店の入り口に敷いてある『サワハタ書店』という店名入りのカーペットの掃除をしていたら、

和泉(いずみ)さん、なんでも君の願いを叶えてあげよう』

と偉そうに店長が言ってきた。

『お金が欲しいです!』

時給を上げてくれ、というつもりで言ったら、

『じゃあ、これ』

と『決定版! 一億稼げるマネー論』(起業する人向け)という本を手渡された。
その本を突き返しながら、

『痩せたいです』

というと、

『それならこっち』

と『1日5分で理想のスタイル! 簡単エクササイズブック(オリジナル縄跳び付き)』。

『本さえ読めば、どんな国にだって行けるし、どんなことだってできる。知りたいこともわかる。それってもう魔法じゃない?』

冗談めかしているけど、多分本気で思ってる二十八歳。
私より四つ上なのに『魔法』とか言ってるいい大人。

『こういう願い事って、たいてい三つまでしか叶えてもらえない決まりですよね? あとひとつか……』

『俺はそんなケチケチしたこと言わないよ。むしろどんどんリクエストして! しかも『死んだ人を生き返らせること』(ゾンビもの)だって、『人の気持ちを操ること』(催眠術)だって可能!』

あの時は心の底からバカだな~って思った。
訂正。
今でもバカだな~、と心の底から思ってる。
本棚の間を縦横無尽に飛び回ってる店長から視線を外して、わたしはカーペットの掃除に戻った。
黒ずんで店名もよくわからなくなっていたから、店長のことなんてすっかり忘れて、ゴシゴシこすることに集中した。

今なら、もっと別の願いがある。

『店長と恋がしたい』

って。

最初は本当にバカっぽい人だな~って思っていた。
三十代以上の落ち着いた人が好みだったわたしは、店長のことをただの“店長”としか思ってなくて。
正直なところ、人間とも思っていなかった。
社員である真柴さんにそう言ったら、

『今の言葉は私が墓場まで持っていくから、本人には絶対に言わないであげて』

と、なぜか真顔で懇願されたけれど。

それなのに、昨日の午後地震があって、わたしの認識もガタガタに崩れ去った。

あのときわたしは、漫画コーナーで単行本の抜けをチェックしていた。
最初のドンッていう揺れには持ちこたえた本たちも、その後の揺れに耐えきれず落下した。
本ってもっとバラバラーッて落ちるのかと思っていたけど、塊でゴッ! って落ちるらしい。
わたしはその様子を、店長の腕の中から見ていた。

「あはは、浴びるほど本読んだ気分」

どこからか突然現れた店長は、わたしを庇って人気歴史漫画を頭からかぶり、小さな擦り傷や打撲をこっそりたくさん作った。

揺れはおさまっても停電で店内は真っ暗。
その中で、店長の体温と笑いを含んだその声しかわからない。
まだ余震があるかもしれないし、これからやる事もたくさんあるし、何より生活するのだって大変なのに、ドキドキすることに忙しかったわたしは、店長よりもっともっとバカだ。

「怪我人が出なかったのは、不幸中の幸いだね。高い棚がほとんどないせいかな」

まだ日は高いから凍えるほどではないけれど、十一月はそれなりに寒い。
ドアを開けてお客様の避難誘導を終えると、あたたかかったはずの店内は、肌寒くなっていた。

「レジも動かないしね。何より余震の危険性があるから、今日は解散!」

予約の本を間違って売ってしまっても、注文中だった本が絶版になってしまっても、「大丈夫、大丈夫。なんとかするよ」ってへらへらして、実際たいていのことはなんとかしてしまう店長も、さすがに店を閉めた。

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