恋蛍2
「いいね、結弦。これが命の誕生だよ。あんたもこうして生まれて来よったんだよ」


「オレも?」


「そうさ。出産はお母さんも痛いし苦しいけど、赤ちゃんも同じさ。命懸けなんだよ。結弦も頑張って頑張って、お母さんと協力して、生まれて来よったんだよ」


オレも苦しかったのか?
オレも頑張ったんか?



「えー……記憶にないっさあー」


命は奇跡だ、と教えてくれたのは葵先生だった。


「陣痛ってさ、赤ちゃんが家族に会いたいよって言うとるサインなのさ。お母さんか赤ちゃんか、どっちかが諦めてしまったら、命は誕生しないのさ。やさからな、結弦」


命って奇跡なのさ。


そう言って微笑んだ葵先生は、その瞬間からオレの目標になった。
オレもいつか、葵先生みたいに、奇跡のお手伝いができる医者になりたい、って。













「葵先生! 結弦がお弁当届けてくれよった。食べよー」


とはしゃぐ美波姉ェネェをよそに、葵先生はぎょっと目を丸くして、まだ診療所の玄関に突っ立ったままの彼女に駆け寄って行った。


「いろはかね?」


駆け寄って行った葵先生の肩越しで彼女は麦わら帽子を取り、にっこり微笑んだ。


「お久し振りやなぁ。葵おばちゃん」


葵……おばちゃん?


「わー! なによーもうー! でーじ美人さんになりよってさあー! 誰か分からんかったー」


前に会うた時はまだこんなんだったやしー、と葵先生が右手を腰のあたりまで下げるジェスチャーをする。


「当たり前やろ。あん時はまだうち、小学生やったんやもん」


「そうさそうさ。確か、正之おじさんの結婚式やたんね?」


「当たりや!」


なんだね。
そうだったか。
葵先生の親戚の子だったのかね。


吸血鬼みたいだとか幽霊みたいだ、なんて失礼なこと思ってしまったね。

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