恋蛍2
藁にもすがる思いで電話をしてから、確か、10分くらいだったと思う。


いつでもお産できるようにと色々準備し、汗だくで駆け付けてくれたのが葵先生と美波姉ェネェだった。


「葵先生! 助けてください! 母さんが……母さんがっ」


完全にパニックに陥っていたオレは葵先生にしがみついた。


「母さん、大丈夫かね? 赤ちゃん、ちゃんと生まれて来てくれるかね?」


「なんくるない! 結弦がそんなんでどうするのさ!」


葵先生はオレの両腕をがっしりと捕まえて、真剣な目で言った。


「結弦は今日から兄ィニィになるんだし! しっかりしなさい!」


その時、葵先生がスーパーマンに見えた。


「あんたはもう、結弦はもう、兄ィニィなんだよ!」


「はい!」


あの時の葵先生はかっこよかった。
葵先生はまるで、正義の味方だった。


時間にして5、6時間だったと思う。


夜の9時過ぎ、「にゃー」と子猫みたいな可愛い泣き声をあげて、翔琉が産まれた。


「陽妃さん、おめでとう。見て、元気な可愛い男の子さあ」


ふわふわのタオルにくるまれた翔琉を葵先生がそっと胸に抱かせると、母さんは大粒の涙をぽろぽろこぼして、見たこともないくらい幸せそうに笑った。


結弦とそっくりね、そう言って。


「さあ、次は結弦兄ィニィの番だよ」
そう言って、葵先生はお母さんからそっと翔琉を抱き上げ、オレに向かってにっと白い歯を見せて笑った。


「えっ! オレも抱っこしていいの?」


「当たり前さあ。結弦はこの子の兄ィニィなんだからさ」


と、葵先生は生まれたてほやほやの宇宙人みたいな翔琉を、オレにも抱かせてくれた。


「うーわあーっ。ちいさいー」


まだ目も開けれん翔琉からは、ミルクみたいな優しい香りがした。
翔琉は小さな口をほわっと開けて、たぶんあれはおそらく、あくびしたんだと思う。
翔琉がもぞもぞと動いて、手で顔を掻く動きをした時、その指の小ささに思わず心の声がだだもれた。


「かわいいー」


その時、葵先生はオレの頭をわしゃわしゃ撫でたあと、目を真っ直ぐ見て言うた。

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