恋蛍2
「なに?」


「なにって……あのこって誰ね?」


誰もおらんよ、と周囲を指差すと、いろははオレからぱっと目を反らして、急にコロリと態度を変えてカラカラ笑った。


「いややわぁー。うち、そんなこと言うとらんよ?」


「へ? だって、いま」


「結弦くん、聞き間違えはったのと違う?」


だっていま、確かに……。じゃあ、あのこも、って。


まさか、いろはには見えるはずのないものが見えてるんじゃないだろうね?
霊感あるとか言わないだろうね?


「いろは。お前、まさか……霊感あるんじゃないだろうね」


オレは至って真面目に真剣に聞いたのに、「はぁ? なんやのそれ」といろはは全くこれっぽっちも、1ミリも相手にしてくれんかった。


「さて、荷物でも整理しよ」


「え、いろ」


「ほんとおおきにね。結弦くん」


いろははわざとらしくオレの話を無視し、その場を濁すようにパタパタと玄関に向かって駆けて行く。
瑠璃色のワンピースの裾をひらひらと蝶々のように、黒い髪の毛をさらさらなびかせながら。


「あ! いろは!」


後ろ姿に声を掛けると、いろははビクリと肩を弾ませて一度固まったあと、ゆっくり振り向いた。


「な……なに?」


「あ、いや、オレの家すぐそこだから。その白い」


と斜め向かいの2階建ての家を指差す。


「なんか困りよったら、いつでも声掛けて。今日はずっと家におるし」


じゃ、と右手を挙げて踵を返す。


その時、ポケットでスマホが振るえて、


「結弦くん!」


同時にいろはに呼び止められた。


ポケットに突っ込みかけた手を引っ込めて、振り向く。


いろはの表情を見て、オレはまた硬直してしまった。
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