恋蛍2
「うちがここに来た本当の理由、結弦くんにだけ教えてあげるわ」
「……え?」
本当の理由?
どういうことか?
家の都合じゃないのか?
いろはは今にも泣き出しそうな顔でそこに立っていた。
集落の木々をさわさわと揺らしていた夏至南風がふわりとおさまった。
「うちがこの島に来たんはね」
辺りは時間が止まったかのように不自然なほど静かだ。
赤い小さな唇が微かに震えながら、ゆっくり開く。
「神さんがいてはる島や、聞いたからや」
いろははそう言うと、急ぐようにガチャガチャと鍵を開けて玄関の奥に姿を消してしまった。
パタリと引き戸が締まる。
おさまったはずの夏至南風が再び吹きはじめて、あちらこちらの木々をざわざわ揺らし始めた。
『うち、病院の雰囲気が苦手やの』
『注意深く見守ってくれんかね』
いろはと葵先生の声が右から左から蘇って、頭の真ん中で交差する。
『一緒におる時は、あの子から目ぇ離さんでくれんかね』
『大丈夫や。死んだりせえへんよ。心配せんでも、うち、そこまで弱ないわ』
ぼんやり突っ立っていると、背後で「ニャオ」と可愛い鳴き声がした。
はっとして振り向くと、陰りのある翡翠色の目をした黒猫が一匹地面にちょこんと座っている。
まだ子供だろうか、両手で掬えそうなほどの小さな体だった。
かわいい。
「えーなにー。お前どこの子ね? 見掛けん子だねー」
綺麗な色の瞳だ。
人懐こいのか、静かに近付いても逃げるような気配がない。
どこかの飼い猫かね。
「……え?」
本当の理由?
どういうことか?
家の都合じゃないのか?
いろはは今にも泣き出しそうな顔でそこに立っていた。
集落の木々をさわさわと揺らしていた夏至南風がふわりとおさまった。
「うちがこの島に来たんはね」
辺りは時間が止まったかのように不自然なほど静かだ。
赤い小さな唇が微かに震えながら、ゆっくり開く。
「神さんがいてはる島や、聞いたからや」
いろははそう言うと、急ぐようにガチャガチャと鍵を開けて玄関の奥に姿を消してしまった。
パタリと引き戸が締まる。
おさまったはずの夏至南風が再び吹きはじめて、あちらこちらの木々をざわざわ揺らし始めた。
『うち、病院の雰囲気が苦手やの』
『注意深く見守ってくれんかね』
いろはと葵先生の声が右から左から蘇って、頭の真ん中で交差する。
『一緒におる時は、あの子から目ぇ離さんでくれんかね』
『大丈夫や。死んだりせえへんよ。心配せんでも、うち、そこまで弱ないわ』
ぼんやり突っ立っていると、背後で「ニャオ」と可愛い鳴き声がした。
はっとして振り向くと、陰りのある翡翠色の目をした黒猫が一匹地面にちょこんと座っている。
まだ子供だろうか、両手で掬えそうなほどの小さな体だった。
かわいい。
「えーなにー。お前どこの子ね? 見掛けん子だねー」
綺麗な色の瞳だ。
人懐こいのか、静かに近付いても逃げるような気配がない。
どこかの飼い猫かね。