恋蛍2
でも、いざ撫でようと手を伸ばすと、黒猫はしなやかに身をくねらせてオレの手をかわし、トトトッと駆けて行く。


「かあーっ、思わせ振りー。可愛くないさぁーもー」


黒猫はすぐそこの古ぼけて今にも傾いて崩れそうなおばあの家の前でピタリと立ち止まると振り返り、オレの方を見てきた。


「ニャーオ」


そして、ひとつ鳴くとそのままおばあの家の中へ入って行った。
その時、またスマホが振るえてポケットに手を突っ込んだ。


その感触に「あ」と声が漏れる。


「あちゃぁー、そうだったぁー」


スマホと一緒に出て来たのは、借りたままのいろはの淡いラベンダー色のハンカチ。
乱暴に突っ込んでしまったのと、オレの汗のせいでしわくちゃになってしまっている。


このまま返すわけにはいかんね。


「……洗って返すかね」


と呟き、スマホをタップしてドキッとした。


未読のラインメッセージが2件。


    夏休み元気にしてますか?
    毎日暑いね
    明後日の夏祭りのこと聞いた?
    私は行くけど結弦はどうするの?
    できれば一緒に行きたいです


差出人は同一人物。


    それと、この間の返事待ってるね


同じクラスの、新垣愛莉(あらかき あいり)からだった。


「いーやぁぁぁ……」


参ったさ。
忘れていたわけじゃない。
でも、オレにもどうしたらいいのか分からん。
オレは髪の毛をぐしゃぐしゃ掻きながら、返事は出さず、ぶっきらぼうにスマホをポケットに突っ込み歩き出した。


『結弦くん!』


オレはおかしいのかもしれん。
耳の奥なのか、目の奥なのか、頭の中なのか。


いろはの声がぐるぐる、ずっとまとわりつくように回りよる。そんで、いろはの声はオレの全身にこびりついてしばらくはがれなかった
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