恋蛍2
「エ、エーエー! オレもなかなか忙しいっさあー!」

ムリムリ、とそそくさとこの場を逃れようと立ち上がったけど、


「あっそう。まさか、結弦がここまで冷たい子だとはお母さん思ってなかった。別にいい、そっちがそう来るならこっちにも考えがあるんだから」

フフン、と細い顎を上げて綺麗な目を細め流し目でオレを見る母さんは、まるでマレフィセントさ。
恐ろしいやんど。
比嘉家の財布をがっちり握っている大蔵省の母さんのひと言に、オレはあっさりと敗北した。


「来月からお小遣い減!」


なにっ。
お小遣い減らされよるなんて、たまったもんじゃないさ。


「あーあーあー! 行くさ! 行きます!」


オレは慌てて綺麗な藍色に染められた風呂敷に包まれた重箱弁当に飛び付き、ぎゅうっと抱き締めた。


「母さん、このオレが喜んで届けるさ!」


「助かるわー、よろしくね。ねえ、翔琉、兄ィニィはやっぱり頼りになるねー」


なんでか?
なんで、いつも母さんにだけは勝てないのかね。
いーつも負けてばかりさ。
いぃーやぁー……びっくりするほど勝てん。


「うん! 兄ィニィは頼りになるさあ」


ウンウン、と可愛く頷く翔琉に、優しく微笑みかける母さんは、おそらくこの島いちばんの美人やと思う。
しわなんかないし、色白で、もうすぐ50歳には見えん若々しさだ。

そんな母さんはオレと同じ歳のころ一家で東京から移住してきよったそうだ。
島の住民から『でーじちゅらさん(すごい美人)』と呼ばれとったらしい。
息子が言うのもなんだけど、確かに美人だし、東京出身だから言葉も綺麗だ。


「今日も暑くなりそう。保冷剤入れてあるけど、傷むといけないから早めに届けてね」


「い、いー。分かっとるばぁ」


オレは間抜けな返事をして、残り半分の冷たいミルクをぐーっと一気に飲み干した。


そういえば改まって詳しく聞いたことはないけど、父さんと母さんは大恋愛の末に結婚したらしい。

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