恋蛍2
間に風が吹いた。
こめかみのあたりから大粒の汗がつるりと頬を伝い落ちる。
誰、ね……?
花の時期を終えたデイゴの大木はたっぷりの葉をつけて、さわさわと風に揺れている。
その枝葉を見上げて、木漏れ日に目を細めていたのは真黒な長い髪の女の子だった。
大きな鍔の麦わら帽子に、今日の青空にも負けんくらい青い、瑠璃色のロングワンピース。
スマホと財布くらいしか入らなそうな白いショルダーバッグを華奢な肩から斜めに下げている。
見るからにあんな垢抜けたお洒落な恰好というか、よそ行きの服装をしよる若者はこの集落にはめったに見かけん。
絶滅危惧種くらいおらん。
Tシャツにハーフパンツにサンダル。そんな感じにみんなラフな格好で歩いとる。
観光客かね。
に、しても、観光客がこんなとこにおるのもまた珍しい。
大概の観光客はフェリー乗り場や民宿があるサンセットビーチ周辺でしか見かけんしな。
こんな集落がある奥地には観光出来るとこもないし、迷い込んで来るような観光客も滅多におらん。
極稀に興味本位でふらあーっと来る客はいたりするけど。
見るからにそんなふうには見えんしなあ。
もしかして、間違って来てしまったんじゃないだろうね、と思いながらも近付いて、彼女の横を通り過ぎた直後。
「あの」
声を掛けられた。
「あの、すんまへん」
消え入りそうなその声に立ち止まり振り向くと、彼女と目が合った。
息を潜めてじっと見つめるオレを、彼女も監視するように眺めておる。
「は、はい」
返事をした直後、たまらずごくりと唾を飲み込んだ。
思わず、上から下まで舐めるように見入ってしまった。
カラスみたいに真っ黒で艶のある、細い絹糸のような髪の毛は腰まで長く、パッツリと切りそろえられた前髪。
今朝、起き抜けに飲んだあのミルクのように白い肌。
切れ長で艶めかしいほど色気のある、黒目がちの猫目。
緩やかにカーブを描く長いまつ毛。
小ぶりな唇は血を吸って滲んだように赤く染まっている。
この真夏の炎天下にはあまりにも不釣り合い過ぎて、本当に幽霊かと思ってしまった。
取り急ぎ、足を確認する。
よし。
ある。
白いぺたんこのサンダルに白い5本の指、爪は真っ赤にペディキュアで塗られている。
ちゃんと、人間だ。
しかし、血管が浮き出そうなほど白く細い腕や脚はすらりと長く、まるで神様が美しく丁寧にこしらえたような、秩序正しい外見をしている。
小さくて赤い唇の端を少し上げて、彼女は白く細い右手人差し指で上を指差し、真夏の太陽の下には似合わない涼しげな顔で言った。
こめかみのあたりから大粒の汗がつるりと頬を伝い落ちる。
誰、ね……?
花の時期を終えたデイゴの大木はたっぷりの葉をつけて、さわさわと風に揺れている。
その枝葉を見上げて、木漏れ日に目を細めていたのは真黒な長い髪の女の子だった。
大きな鍔の麦わら帽子に、今日の青空にも負けんくらい青い、瑠璃色のロングワンピース。
スマホと財布くらいしか入らなそうな白いショルダーバッグを華奢な肩から斜めに下げている。
見るからにあんな垢抜けたお洒落な恰好というか、よそ行きの服装をしよる若者はこの集落にはめったに見かけん。
絶滅危惧種くらいおらん。
Tシャツにハーフパンツにサンダル。そんな感じにみんなラフな格好で歩いとる。
観光客かね。
に、しても、観光客がこんなとこにおるのもまた珍しい。
大概の観光客はフェリー乗り場や民宿があるサンセットビーチ周辺でしか見かけんしな。
こんな集落がある奥地には観光出来るとこもないし、迷い込んで来るような観光客も滅多におらん。
極稀に興味本位でふらあーっと来る客はいたりするけど。
見るからにそんなふうには見えんしなあ。
もしかして、間違って来てしまったんじゃないだろうね、と思いながらも近付いて、彼女の横を通り過ぎた直後。
「あの」
声を掛けられた。
「あの、すんまへん」
消え入りそうなその声に立ち止まり振り向くと、彼女と目が合った。
息を潜めてじっと見つめるオレを、彼女も監視するように眺めておる。
「は、はい」
返事をした直後、たまらずごくりと唾を飲み込んだ。
思わず、上から下まで舐めるように見入ってしまった。
カラスみたいに真っ黒で艶のある、細い絹糸のような髪の毛は腰まで長く、パッツリと切りそろえられた前髪。
今朝、起き抜けに飲んだあのミルクのように白い肌。
切れ長で艶めかしいほど色気のある、黒目がちの猫目。
緩やかにカーブを描く長いまつ毛。
小ぶりな唇は血を吸って滲んだように赤く染まっている。
この真夏の炎天下にはあまりにも不釣り合い過ぎて、本当に幽霊かと思ってしまった。
取り急ぎ、足を確認する。
よし。
ある。
白いぺたんこのサンダルに白い5本の指、爪は真っ赤にペディキュアで塗られている。
ちゃんと、人間だ。
しかし、血管が浮き出そうなほど白く細い腕や脚はすらりと長く、まるで神様が美しく丁寧にこしらえたような、秩序正しい外見をしている。
小さくて赤い唇の端を少し上げて、彼女は白く細い右手人差し指で上を指差し、真夏の太陽の下には似合わない涼しげな顔で言った。