恋蛍2
「あの、これ、デイゴの木とちゃいます?」


ああ、そうさ。
確かに、これはこの島いちばんでっかいデイゴの木さ。

てっきり道とか、バスの時刻とか、そんなんを訊かれると思って構えとったオレは一瞬、固まってしまった。

「あのぅ……?」

だから、あまりにも思いがけない質問に、なんでかオレは直ぐに返事をすることが出来ず、戸惑った。


「デイゴの木とちゃうんですか?」


真っ青な夏空目掛けて広がる枝葉の向こうを眩しそうし見上げながら、彼女は細っこい首をしゃなりと傾げる。


「ちゃうんかな? デイゴの木やと思うたんやけど……」


「あっ、いや」


「え?」


「……そうです、けど。デイゴの木ぃ、です」


戸惑いながらもようやく返事をすると、彼女は本当に微かな笑みを口元に浮かべた。


「ああ、良かった。間違ごうてなかったわ」


雪のように白い肌に、真っ赤な唇。まるで……今、土の中から甦った吸血鬼みたいだね。
透けて見えそうな、明日消えてもおかしくないような、儚い美しさだ。

キレイな子だねえ……。


軽く会釈をして先を急ごうとすると、クリスタルグラスを打つような清く澄んだ、得体の知れないアクセントの声が追い掛けて来た。


「あっ……待っとくれやす」


はんなりとしたスローテンポで色気のある声に、オレは立ち止まり、もう一度振り向いた。


「……はい?」


「あの。与那星島診療所に行きたいのやけど。こっからはどれくらいですか?」


夜桜のように静かな色気のある笑顔にごくっと唾を飲んでから答えた。


「ここから5分くらいさ。良かったら、一緒に行きますか?」


「へ」と豆鉄砲をくらったように彼女は目をきょとんとさせ、ころころ黒く輝かせた。


「やけど……」


「今、オレも行くとこなんだしさ」


「えっ。与那星島診療所に行かはりますの?」


「うん。ほら、これ」


届け物さ、と重箱弁当入りの風呂敷を軽く掲げて見せると、「あ」と小さな唇が動いて、


「ほな、お願いします」


彼女は奥ゆかしげに微笑んだ。


「助かります。おおきに」


診療所がある浜の方から風が吹いとるらしい。
微かに潮の匂いがする。
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