朝はココアを、夜にはミルクティーを


「それにしても、あと十分で開店時間だっていうのに。新しい店長は初日から遅刻かしら?」


開店十分前の朝礼は、日課となっている。
誰が言い出すでもなく、それぞれ持ち場から早番スタッフがレジ前に集まり、顔を合わせた。
腕組みをした大熊さんが盛大なため息をつきながら、むしろ彼女が新しい店長なんじゃないかと見間違うほどの風格で困り顔をしている。

確かにこの時間になっても現れないとなると、もはや遅刻は確定だ。

いくら若くてイケメンでも、いくらハイスペックであっても、遅刻はありえないことである。


「朝礼、とりあえず始めちゃいますか」


文句ばかり言っていても刻一刻と開店時間は迫ってくるので、ひとまず私が仕切ることにした。
事務所から持ってきた売上目標に目を通しながら

「まず本日の売り出し商品ですが、各部門ごとにお願いします」

と、鮮魚担当の社員さんに目を向けた。


その時。

とても控えめな、「あの〜すみません」という低い声が聞こえた。


その場にいた全員が、声のした方を振り向く。

すると、先ほどまで脚立にのぼって室内灯をチェックしていた男の人が、申し訳なさそうに苦笑いしていた。


「俺も朝礼に参加させてもらってもいいですか?」

「━━━━━え?」


全員が眉を寄せて事態を理解できない中、彼はぺこりと頭を下げた。


「あ。どうも、初めまして。今日からお世話になります。店長の亘理靖人です」


パサッと私の手から売上目標が書かれた紙が落ちた。
おそらく顔面蒼白になっているに違いない。なんとなく顔から血の気が引いたからだ。
ジグザグに往復して床に滑る。
それを拾い上げた彼は、困ったように微笑んだ。


「全っっ然お客様が来ないお店を、なんとかまた盛り立てましょう。契約社員の白石瑠璃さん」


フルネームで私の名前を知っている!!
契約社員ということも知っている!!

事前にしっかり頭に入れておいてるパターン。
漫画で言えば熱血教師が生徒の顔と名前を覚えてきてるパターン。
そしていの一番に目をつけられたパターン!!


私……彼を業者さんと間違えてなんてことを言ってしまったんだろう。




神さま仏さま、亘理店長様。
どうか私をクビにしないで。


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