朝はココアを、夜にはミルクティーを
ブラックマーケットカンパニーは、いわゆるブラマの大元になっている会社だ。
あれだけ事業も店舗も拡大して、どんどん成長している会社を辞めてしまうなんて理解できない。
たぶん、コマチよりもお給料だって断然いいはずなのに。
なんで?という顔で彼を見ていたら、ふと目が合って亘理さんは苦笑いした。
「そんなに不思議ですか、転職」
「だってあんないい会社辞めるなんて。ブラマではどんなお仕事をしてたんですか?」
「なんでもしてましたよ。店舗に出て指示も出していたし、事務所にこもってマーケティング戦略を考えたり。でも……」
ここで初めて、いつもスラスラ話す彼が少し言い詰まる。
ちょっと変な感じがして隣に座る亘理さんを振り返ると、彼は一生懸命言葉を選んでいる様子だった。
「……木を見て森を見ず、って感じでした、あそこは。一応、出来ることはやるべきだと思って働いてましたけど、何をやっても上から押しつぶされて話も聞いてもらえないし、だからって部下や後輩が後方支援してくれるかって言うとそうじゃないし。……頑張るの、疲れちゃいました。なので、キリよく十年で辞めました」
─────正直言って、とても意外だった。
彼が、そんなに熱意を持って仕事に取り組むような人には見えなかったからだ。
彼の口から「出来ることはやる」とか「頑張る」とか、そういう言葉が出てくるとは思っていなかった。
本社から言われて、仕方なく売上の良くない郊外の店舗へ出てきただけの、やる気のない社員なのかと思い込んでいた。
「鮮食館コマチって名前は知ってましたが、行ったことがなくて。たまたま立ち寄って商品を見たら、なかなか新鮮なものを扱っていたんですよね。それで、採用試験を受けてみたってわけです」
亘理さんはごそごそと仕事用らしいバッグから資料を取り出して私に差し出すと、もったいないんですよねぇとため息をついた。
「コマチはPR戦略がブレブレでもったいないです。もっとちゃんとした広報活動をした方がいい。さらには上層部は優しくていい人たちばかり。これじゃあ他社に出し抜かれますよ。この和気あいあいとした社風は残して、あとは商品の良さを伝えていけたらいいなと。ということで、まずは手始めにこの店舗は必ず立て直すつもりです」
「……ライバルはブラマ、ですよ」
「所詮、ブラック企業です」
「ブラック企業なんだ……」