記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
「失礼ですが、当社にご用でしょうか?」
口元は努力の賜物か弧をえがいているが、目の奥には『なんなの? 場違いの人ね』という風に思っているのが出ている。
「人と約束をしているんです」
「当社の人間でしょうか?」
「ええ、大上朔とですけど」
「そ、それは失礼しました」
綺麗な化粧を施した顔をわずかに歪めた受付嬢は、深くお辞儀をすると背を向けてデスクに戻って行った。
これで静かに読書いていられると思っていたのに、今度は静かなロビーに受付嬢たちのひそひそ話あ聞こえてくる。
「どうだった?」
「なんか、時期社長の大上さんを待ってるんだって」
「はあ~? あんな女が大上さんと知り合いってありえないわ。ストーカーなんじゃないの?」
「わたしも耳を疑ったわ。だって、大上さんには桁違いな美人の婚約者がいるじゃない?」
「いるいる。あれは文句なしに美人だった。それに、どっかの会社の社長の娘なんでしょ? お似合い以外のなにものでもないないし……でも、あの人は」
二人の視線が自分に向くのがわかり、小説が頭に入ってこない。この場所からすぐにでも立ち去りたい。
ショックなのは他にもある。朔に婚約者がいるなんて初耳だ。
結局は久々の再会で、昔の女が気になってちょっかいを出してきただけなのかもしれない。
何より、婚約者がいる身で平気で雪乃に触れてきたことが理解出来ない。
もう会うべきじゃない。
雪乃は立ち去るべく、震える手で鞄にスマートフォンと本をしまっていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。