記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!






 朔は、雪乃にとって初恋だったのだから。
 言葉に困って俯いていると、小さな声で名前を呼ばれた。
 それも、彼だけが使う愛称でーー。

「俺にチャンスをくれないかな……ヒナ」
 
 不安そうで、頼りなさそうに発せられた声の中に、雪乃は昔の朔を見たような気がした。
 まるで、初めて会った時のようだ。

 雪乃が朔に出会ったのは、幼稚園から小学校に上がろうって時。
 朔の父親は、雪乃の父親が勤める会社の社長で、半年に一回開かれるガーデンパーティーの席だった。恥ずかしがり屋で、上手く喋れない朔には友達がなかなか出来ず、イジメられてはいないが孤立している状態で、小学校に進むのを心配した両親が友達候補として二人を合わせた。
 初めて会った彼は、母親の後ろに隠れているような男の子だった。
 妹しかいなかった雪乃にとって、同い年でも弟が出来たような感覚で、喜んで朔に手を差し出したのだ。
 ガーデンパーティー中、ずっと雪乃の後について回る朔の様子に、誰もが微笑ましそうに見ていた。
 パーティーが終わる頃には顔を曇らせ、小さな声で「ヒナちゃん……また会える?」と悲しそうに呟く朔に、雪乃は小学生になったらいつでも会えると笑ったものだ。
 そんな昔のことを思い出してしまい、否定の言葉は喉元に張り付いてしまった。

「……食事くらいなら、一緒に行ってもいい」

 気づけば、考えるより先にそんなことを口にしていた。
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