記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
そして「しまった!」とも雪乃は思ったのだ。帰ろうにも、スマートフォンも財布もコートのポケットだということに気がついてーー。
結果、にげようとしていたなんて言えるはずもなく、さっさとトイレを済ませると朔の元に行って一緒に駐車場に戻ることになった。
そうすれば、車に乗らないわけにもいかず、座ってシートベルトをつけると滑らかな動作で車は駐車場を後にした。
走りはじめて数分後、上機嫌な朔の声が雪乃の耳に届いた。
「何食べたい? やっぱりヒナも、フレンチとかイタリアンがいいかな?」
飛び出した提案に、雪乃はぎょっとした。あんな堅苦しくて、味の分からない店に連れてかれたら確実に精神が擦り減る。
雪乃は進行方向に立ち並ぶ店に目を凝らした。
とにかく人の並んでいない、ムードも何もないチェーン店を探した。
そしてーー遠くに看板を見つけた。
「あそこのグラム指定できるステーキ屋に行って」
その選択に、一瞬だけ朔は困惑したように見えたけど文句は言わなかった。
何より雪乃が気になったのはーー『やっぱりヒナも』という言葉だ。一体、誰と比べているのだろうか。
突然の別れから十年。これほどのルックスをした男が、誰とも付き合わずにいたと思うほど、雪乃も無知ではない。
それでも、これまでどれくらいの女性と付き合ってきたのかと想像すると、心が鈍く痛んだ。