記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!






「あの頃、親父に言われたんだよ。俺はヒナの後ろに隠れるだけで、後継ぎとして相応しくない。それどころか、ヒナの相手としても相応しくないって。だからすこしずつ距離をもって、成長しようと思った。将来のために、祖父のいるイギリスに行って大学を出た後に会社で学んでいたっていうのに」

 傷ついた日々に考えていた理由とは違いすぎて、言葉を失ってしまった。
 かける言葉が見つからない。
 テレビのついていない部屋では、壁に掛けられた時計の秒針の音が嫌に大きく聞こえる。
 何も言えないでいると、髪をギュッと握りしめた朔が諦めたようにため息を吐いた。 

「俺が離れたのは、ヒナを失うためじゃない。胸を張って、隣に立つためだ」

 その言葉に雪乃は顔を上げたけど、その頃には彼が背を向けるところで、見えた横顔ではどんな表情をしているのか分からなかった。
 雪乃には、足早に去っていく朔を見送るしか出来ない。
 遠ざかるスリッパの足音が靴に変わり、一人きりになったリビングに静かな閉まり方のはずなのに、玄関の閉まる音が虚しく響いた気がした。
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