記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
そんな行動に出るとは思っていなかったからだろう、一歩遅く伸びてきた手をかわして逃げる事が出来た。
廊下は絨毯が敷かれていて、よほど酷い歩き方をしないかぎりは足音がしなさそうだ。廊下の先にエレベーターがあったが、待つ時間も惜しい。
下手に待っていたら、あの男が出てくるかもしれないという不安感しかない。
ここが何階か想像も出来なかったが、雪乃はエレベーター横の階段を使って下に下りはじめたのはいいが、壁に書かれた数字に目を疑った。
「……三十七階?」
下りだけだと思っても、少し気が遠くなりそうだ。
落ち気味な気分を叱咤しながら、雪乃は軽やかなリズムで下りはじめる。こんな時だが、ヒールの高い靴の愛用者じゃなくてよかったと思う。
甲高の足には可愛らしさ靴は似合わないうえに、足も大きめでサイズがない。
そして、何よりも雪乃は運動靴や登山風の靴、ブーツをこよなく愛している。
現実逃避のように、別のことを考えながらスピードを落とすことなく下りきり、ロビーに出ると歩みを遅めた。
お互いの名前も連絡先も知らない。
このまま逃げ切れば、間違いなく二度と会うことはないだろう。
ホテルを出て立ち止まった雪乃は、高級ホテルで有名な建物を見上げた。
三十七階は最上階で、扉も少なかった。あんな場所で長期滞在するような人間とは、何の接点もない。
なんとなく心の奥で、ほっと息を吐いた。不安が少しだけ軽くなる。
今回の事は、綺麗さっぱり忘れようと心に決めた雪乃は、太陽が昇りはじめた街へと歩き出した。