嘘は輝(ひかり)への道しるべ
真二の車は愛輝の家の門の前で止まった。
門の前に佐々木が傘を差し立っていたからだ。
真二が運転席から降り、佐々木に頭を下げる。
「ここからは、わたくしにお任せ頂けませんか?」
佐々木がそう言うと頭を下げ、助手席の愛輝へ目をやった。
真二は助手席のドアを開けた。
「佐々木さん…」
愛輝が不安げな声を出す。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
佐々木が愛輝の赤い傘を広げて差し出した。
愛輝は車から降り、傘を受け取った。
「じゃあな」
真二が愛輝に手を上げ、もう一度佐々木に頭を下げると運転席に戻った。
佐々木も真二に深々と頭を下げた。
「ありがとう」
愛輝は、助手席のウィンドウを開けた真二に向かって言った。
愛輝と佐々木は、玄関までの道を並んで傘を差しゆっくりと歩いた。
「お嬢様がまだ赤ん坊だった頃、夜中になると泣き出すんです。体の弱い奥様を気遣って、旦那様がお嬢様を抱いて、この道を毎晩あやしておられました。
旦那様も仕事が起動に乗り出した頃で、お戻りになるのは夜遅くて、ばあやと私がいくら交代すると言っても、『父親として今、出来るのはこんな事しか無い!』とおっしゃって、お嬢様が眠るまで抱いておられました」
佐々木が懐かしそうな目を真直ぐ前に向け、ゆっくりと話し出した。
「パパが?」
「ええ」
佐々木が大きく肯いた。
「私も覚えているわ… ママが亡くなった時、泣き止まない私をパパが背中におんぶして、この道を歩いてくれた。泣き止むまで、何往復したんだろう?」
「ええ、そうでしたね。あの時は旦那様も泣いておられました。お嬢様が泣きながら、旦那様の背中で寝てしまわれて… 私も、ただお二人を見守る事しか出来ませんでした。でも、お嬢様が居て下さって、だんな様は孤独にならずに済んだのですよ」
佐々木は、いつもと変わらない皺だらけの顔を愛輝に向けた。
「佐々木さんは、何でも知っているのね」
「さようでございます。私は大旦那様のお元気な頃、この屋敷にお仕えして三十五年になります。このお屋敷は、嬉しい事も悲しい事も詰まった私の宝です…… さあ、ばあやが待っておりますぞ……」
佐々が、玄関の明かりの方へ目を向けた。
玄関のドアの前に、ばあやがこちらを向いて立っていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ。今、ちょうど玄関のお掃除をしていた所です」
ばあやは、手に持ったほうきを軽く上げて見せた。
こんな時間に、ばあやが掃除などするはずは無い。
愛輝は、ばあやが愛輝の帰りを待っていたのだと分かった。
「佐々木さん、ありがとう」
愛輝は佐々木に礼を言った。
「いいえ、私はいつもの見回りをしていただけでございます」
佐々木は皺だらけの笑みで言った。
佐々木が、愛輝の傘を持って見まわりなどするはずが無い、愛輝を待っていてくれたのだと分かっていた。
愛輝は自分がこの屋敷で、どれほど愛され見守られて来たのかを改めて感じた。
ばあやが玄関のドアを開け、愛輝を中に入れた。
「お嬢様、何か召し上がりますか?」
ばあやが、いつもと変わらない笑顔で言った。
「いいえ、大丈夫。パパは何処?」
「リビングにおられますよ」
愛輝はリビングのドアを開けた。
時計は十二時を回っていた。
ソファーに拓真が新聞を広げ座っている。
こんな時間にリビングで新聞など読む事は無い。
「ただいま……」
愛輝が拓真の背中に向かって言った。
「遅いじゃないか… 愛輝、モデルの仕事を始める時に言ったはずだぞ。九時を過ぎてはいかんと…… もし次に、時間を守れなかったら、仕事は辞めさせるからな!」
拓真の何もなかったのような言葉が、愛輝をほっとさせた。
「ちょっと待ってよ、パパ。あれは高校生の時でしょ。今時、大学生が九時門限なんてあり得ないわよ!」
愛輝は怒って拓真に詰め寄った。
「じゃあ、九時半!」
拓真は得意げに言った。
「おじさん、仕事の時は十時まで許して下さいよ。デートは九時だな」
祐介がリビングのドアを開けて入ってきた。
「デートって何だ? まさか男と居たのか? 美香ちゃんの所じゃなかったのか?」
拓真の声のトーンが高くなった。
「ちょっと余計な事言わないでよ!」
愛輝は祐介を睨み、立ち上がったが、そのまま足元から崩れ落ちた。
「愛輝、どうした!」
拓真と祐介が愛輝に駆け寄った。
「凄い熱だ!」
「ばあや、医者を呼んでくれ!」
拓真と祐介の声が、愛輝の頭の中の遠くの方で聞こえた。
愛輝は、自分の体が持ち上がる感覚が分かった。
昔から何度も愛輝が抱きかかえられた、大きな腕だった。
門の前に佐々木が傘を差し立っていたからだ。
真二が運転席から降り、佐々木に頭を下げる。
「ここからは、わたくしにお任せ頂けませんか?」
佐々木がそう言うと頭を下げ、助手席の愛輝へ目をやった。
真二は助手席のドアを開けた。
「佐々木さん…」
愛輝が不安げな声を出す。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
佐々木が愛輝の赤い傘を広げて差し出した。
愛輝は車から降り、傘を受け取った。
「じゃあな」
真二が愛輝に手を上げ、もう一度佐々木に頭を下げると運転席に戻った。
佐々木も真二に深々と頭を下げた。
「ありがとう」
愛輝は、助手席のウィンドウを開けた真二に向かって言った。
愛輝と佐々木は、玄関までの道を並んで傘を差しゆっくりと歩いた。
「お嬢様がまだ赤ん坊だった頃、夜中になると泣き出すんです。体の弱い奥様を気遣って、旦那様がお嬢様を抱いて、この道を毎晩あやしておられました。
旦那様も仕事が起動に乗り出した頃で、お戻りになるのは夜遅くて、ばあやと私がいくら交代すると言っても、『父親として今、出来るのはこんな事しか無い!』とおっしゃって、お嬢様が眠るまで抱いておられました」
佐々木が懐かしそうな目を真直ぐ前に向け、ゆっくりと話し出した。
「パパが?」
「ええ」
佐々木が大きく肯いた。
「私も覚えているわ… ママが亡くなった時、泣き止まない私をパパが背中におんぶして、この道を歩いてくれた。泣き止むまで、何往復したんだろう?」
「ええ、そうでしたね。あの時は旦那様も泣いておられました。お嬢様が泣きながら、旦那様の背中で寝てしまわれて… 私も、ただお二人を見守る事しか出来ませんでした。でも、お嬢様が居て下さって、だんな様は孤独にならずに済んだのですよ」
佐々木は、いつもと変わらない皺だらけの顔を愛輝に向けた。
「佐々木さんは、何でも知っているのね」
「さようでございます。私は大旦那様のお元気な頃、この屋敷にお仕えして三十五年になります。このお屋敷は、嬉しい事も悲しい事も詰まった私の宝です…… さあ、ばあやが待っておりますぞ……」
佐々が、玄関の明かりの方へ目を向けた。
玄関のドアの前に、ばあやがこちらを向いて立っていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ。今、ちょうど玄関のお掃除をしていた所です」
ばあやは、手に持ったほうきを軽く上げて見せた。
こんな時間に、ばあやが掃除などするはずは無い。
愛輝は、ばあやが愛輝の帰りを待っていたのだと分かった。
「佐々木さん、ありがとう」
愛輝は佐々木に礼を言った。
「いいえ、私はいつもの見回りをしていただけでございます」
佐々木は皺だらけの笑みで言った。
佐々木が、愛輝の傘を持って見まわりなどするはずが無い、愛輝を待っていてくれたのだと分かっていた。
愛輝は自分がこの屋敷で、どれほど愛され見守られて来たのかを改めて感じた。
ばあやが玄関のドアを開け、愛輝を中に入れた。
「お嬢様、何か召し上がりますか?」
ばあやが、いつもと変わらない笑顔で言った。
「いいえ、大丈夫。パパは何処?」
「リビングにおられますよ」
愛輝はリビングのドアを開けた。
時計は十二時を回っていた。
ソファーに拓真が新聞を広げ座っている。
こんな時間にリビングで新聞など読む事は無い。
「ただいま……」
愛輝が拓真の背中に向かって言った。
「遅いじゃないか… 愛輝、モデルの仕事を始める時に言ったはずだぞ。九時を過ぎてはいかんと…… もし次に、時間を守れなかったら、仕事は辞めさせるからな!」
拓真の何もなかったのような言葉が、愛輝をほっとさせた。
「ちょっと待ってよ、パパ。あれは高校生の時でしょ。今時、大学生が九時門限なんてあり得ないわよ!」
愛輝は怒って拓真に詰め寄った。
「じゃあ、九時半!」
拓真は得意げに言った。
「おじさん、仕事の時は十時まで許して下さいよ。デートは九時だな」
祐介がリビングのドアを開けて入ってきた。
「デートって何だ? まさか男と居たのか? 美香ちゃんの所じゃなかったのか?」
拓真の声のトーンが高くなった。
「ちょっと余計な事言わないでよ!」
愛輝は祐介を睨み、立ち上がったが、そのまま足元から崩れ落ちた。
「愛輝、どうした!」
拓真と祐介が愛輝に駆け寄った。
「凄い熱だ!」
「ばあや、医者を呼んでくれ!」
拓真と祐介の声が、愛輝の頭の中の遠くの方で聞こえた。
愛輝は、自分の体が持ち上がる感覚が分かった。
昔から何度も愛輝が抱きかかえられた、大きな腕だった。