徹生の部屋
熱いシャワーで記憶にかかった靄を洗い流していくと、次第に昨晩の諸々が蘇ってきた。


二階に登ってまず案内された書斎の天井まで届く書棚には、古今東西の本がぎっしり詰まっていて、革の背表紙に書かれた異国の言葉は、魔法の国に繋がる呪文のようにも見えた。

マホガニー材の両袖机の上にのる黒い軸の万年筆とインクボトルが、否が応でも気分を高揚させた。

「今夜はここを使ってくれ」

興奮覚めやらぬまま開けられた扉の向こうは、どこの高級ホテルの一室かと見紛うばかり。

小ぶりのテーブルセットにドレッサー。セミダブルのベッドにはピン、とシーツが張られ、完璧にベッドメイキングされてた。
引き出しが二杯あるナイトテーブルに置かれたスズラン型のスタンドライトが、可愛らしい。

「本当に泊まっていいんですか?」

「まあ、調査の内容によってはここで寝ている暇はなくなるかもしれないが」

その一言で、ここへは仕事で訪れたのだと現実に引き戻された。
いつ“その”現象が起こるかは、私にも彼にもわからないのだ。

「こっちは俺の部屋だけど、見るか?」

向かいのドアを私の返事を待たずに開け放つ。

子供部屋というには落ち着いていて、だけど成人した人のそれとも少し違う。そんな印象の部屋だった。

「ほとんど高校生のときのままになっている。今は年に数回しか使わないならな。ああ、ベッドだけは入れ替えたか」

こちらのベッドも、美しさを感じるくらいに整えられていた。

真っ白なシーツとカバー類のサンドベージュ。大小2つずつ置かれた枕は、各一個ずつだけ若草色だ。
アースカラーで揃えられた室内は、深呼吸すれば果てない大地を感じる……は、いい過ぎだろうか?

「あっ! このマットレスはシルマー社のですね。ウチのお客様にもオススメしているんですよ!」

健康は快適な眠りから。腰に負担のかかることが多い現代人に、この会社の製品は最高だ。
ただ、カウンセリングをして一人ひとりの身体の状態に合わせたオーダーが主流なので、当然の如くお値段も最高級。

私自身は、社内研修の際、サンプル品に一度横になっただけである。

「それはそうだろう。一揃、慎司に売りつけられたんだから」

スプリングを確かめるように端に腰掛けた私の前で、徹生さんは眉をひそめた。

「すみません! 私、勝手に……」

いまさらながら無作法に気づき、立ち上がろうとする私の両肩に手がのせられる。

「井口さん、だったか。男の部屋のベッドに座る意味、わかっているんだろうな?」

「へっ?」

頭のてっぺんから、裏返った声が飛び出た。





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