徹生の部屋
三軒隣の幼馴染の部屋は、四畳半の和室だった。
短大時代に合コンで知り合った初めての彼は、実家住まいだったので、部屋に入ったことがない。
就職後に付き合った人はひとり暮らしだったけど、だって『彼』の部屋だから……。

でもってここは徹生さんの部屋で、徹生さんは男の人で。

そしていま、この広い家にはふたりきりなわけで。

目を見開いた私は肩を押され、仰向けにベッドに倒された。
視界はアルコール臭のする呼気を吐く徹生さんの顔面と、天井の型押しされた蔦模様でいっぱいになる。

ああ、そんなところまで凝っている。やっぱりシルマー社のマットレスはいいなあ……なんて感心している場合じゃない!

「女性には、ふ、不自由してなかったのでは?」

「まあな。だが、据え膳食わぬは何とやらっていうだろ?」

お酒のせいか、私を見下ろす甘く潤んだ瞳がやけに艶めいていて、心臓が勝手にドックンと大きく跳ねた。

「……ご冗談を。すえたご飯なんて食べたら、お腹を壊しますよ?」

組み敷かれたまま頬を引きつらせ、タイトスカートから出る無防備な足をピッチリ閉じようとしたけれど、膝がわらってしまって力が入らない。

さすがに「危機一髪!」と焦った次の瞬間、身体にかかっていた圧が遠のく。
続いたのは、クツクツという抑えた笑い。それは次第に大きくなり……。

起きあがった私に背を向け、徹生さんは肩を揺らして本格的に笑い始めた。

「やっぱりからかったんですね!?」

ベッドから離れ、彼とできるだけ距離をあける。
ジリジリと後ろ向きで下がった背中を、空色のカーテンが受け止めた。

「いや、だって。おまえ、据え膳……」

再び笑いだし、ようやく止んだころには、私の忙しかった心臓もすっかり落ち着きを取り戻していた。

ふう、と大きく息を吐いて、徹生さんが乱れて下りてきていた前髪をかき上げる。

「据え膳は、饐えた……つまり腐った飯のことじゃない。目の前に出された膳の意味だ」

「え? ウソ……」

生まれてから二十六年余。ずっとそう覚えてたんですが?







< 20 / 87 >

この作品をシェア

pagetop