徹生の部屋
盛大なクシャミが出ると同時に、徹生さんは私を抱きかかえたまま無垢の床に突っ伏した。
彼の軽くはない全体重がのしかかって非常に重いが、打ち付けないよう腰と頭に回された腕にホールドされているため、身動きができない。

今度は肩口に埋められた頭が小刻みに揺れるから、彼の髪の毛でチクチクして首筋がくすぐったくなる。

「ちょっと、どいてください。重いです」

クシャミの第二弾を堪えながら抗議するも、彼からは笑い声しか返ってこない。
この人、笑い上戸なんだ。確信を得た途端に全身から緊張感が抜けた。

すると、笑いを収めた徹生さんは、私の顔の両脇に手をついて上半身を起こした。

「普通ありえないだろう、このタイミングで。わざとか? わざとなんだな?」

細めた目で睨まれても鼻のムズムズは止まらなくて、仰向けなっているにもかかわらず垂れそうになる鼻水を必死で啜る。

「違っ!お願い……」

鼻をかませて! 詰まりかけているせいで、変に鼻にかかった声が出てしまう。

「……悪かった。冗談だ」

ふっと目が逸らされ、徹生さんが私の上からどいてくれた。

慌てて起き上がって、部屋にあったティッシュを拝借する。これくらいはいいよね?
さすがに思いっきりかむのは憚られたから控えめに。グズっと鼻がなった。

「なにも泣くことは……」

「泣いてなんか、いません」

鼻声だけど。ティッシュを鼻にあてたまま、困惑顔の徹生さんに事情を説明しようとした、そのとき――。


パキッ


乾いた音が部屋に響いた。

思わず顔を見合わせる。

「鳴りましたよね」

「鳴ったな」

その後も音の大小の差は多少あれど、似たような音が方向も間隔も定まらずに数回。

「これはやっぱり“家鳴り”だと思うんですけど」

「そのようだな。家自体は古いが、新しく入れた家具か張り替えた床材か、その辺りからだろう」

十分に乾燥させた木材を使用していても、蒸し暑い日本の夏と冷房を効かせた室内との間に生じた湿度の差が、姫華さんを不安にさせるほどの家鳴りを起こさせたに違いない。

私たちはそのように結論を出し、それぞれの部屋で休むことにしたのだった。







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