徹生の部屋
持ち帰っている仕事があると、徹生さんが自室に行ってしまったので、私は使った部屋やお風呂場などを簡単に掃除していた。

痛感したのは、やっぱり広いおうちは掃除が大変だということ。
業務用なのか重たい掃除機を持って移動するだけでもひと苦労だ。

掃除機をかけている間に回していた洗濯が終わったので、物干し台のある日当たりの良い庭に干す。日が暮れるまでにはまだだいぶ時間があるし、このお天気ならシーツやタオルも乾くだろう。

ひと仕事を終えたご褒美にコーヒーを淹れた。
この豆もたぶん良い物なんだろうな、と思いつつ、好きなように使っていいというお許しを徹生さんから得ているので、遠慮なく使わせてもらう。

当然のことながら彼の分も淹れたので、部屋まで持っていった。

ノックすると「入れ」と、どこかの王子さまのような返答がある。ならばこちらも「失礼いたします」と気分だけは有能美人秘書のつもりで入室した。

「コーヒーを淹れたので。それと、少し外出してきますね」

ノートパソコンを置いたライティングビューローのちょっと窮屈そうな椅子から、ベッドの縁に移動した徹生さんにカップを渡して、断りを入れる。

「外へ? なんの用だ?」

「買い物です。昨日買った食材だけでは足りなくなりそうなので。大丈夫ですよ、逃げたりしませんから」

訝しむ彼に笑いながら答える。いまさらもう、そんな気にはならなかった。

「だったら車を出すから、あと少し待っていろ」

「でも、お仕事は?」

「もう終わる。この気温で歩き回ったら倒れるぞ」

連続真夏日の昼日中、この屋敷の前の坂を荷物を持って歩くのは、たしかに自殺行為に近いかもしれない。
私はありがたく、彼のお言葉に甘えることにした。
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