徹生の部屋
「これって『家鳴り』の一種なんじゃないでしょうか」

箇条書きされた申告内容を読んでいくうちに、そんな疑問がわいてくる。

「咳が出るようになった、ともありますけど、ウチで販売している家具はシックハウス症候群対策をしていますし。なにか別のアレルギーでは?」

「ああ。俺もそう思って電話で説明してみたんだけど、先方は「とにかく確かめてほしい」の一点張りで」

店長は困ったように苦笑を浮かべた。重要な取引先のお嬢さまをむげにはできないということなのだろう。

桜王寺さまは「お嬢さま」特有の奔放なところも持ち合わせた方ではあったけれど、商談中に無理難題をいわれて困らせられた覚えはなかった。
その彼女がそこまで気にしているのなら、直接説明して安心させてあげたい。

紙を片手に考え込んでいた私に、店長が今度はメモ用紙を渡す。そこには日時だけが記されていた。

「井口さんは明後日から夏休みだろう?」

「はい。皆さんが譲ってくれたので」

接客業には土日も盆暮れもない。むしろ、お客さまが増える繁忙期。
夏期休暇は六月から九月にかけて、ほかの人と重ならないよう調整しながら取ることになる。

お盆休みまっただ中に私が休暇をもらえたのは、桧山家具の従業員が「この時期はどこへ行っても高くついて混雑している」と考える人ばかりだったからにすぎない。

新幹線も飛行機も満席が続く季節。私だって、もし帰省するつもりだったら、全力で辞退していたところだ。

通常の休日と合わせた一週間。とくにこれといった予定も入れていないので、美術館や映画館でも行って涼みつつ、のんびりしようと思っている。

ええ、そうです。いっしょに過ごしてくれる彼氏などおりませんっ!

無意識にメモ用紙を握りつぶしそうになっていた。

「そうしたら、明日から休んで構わないから、桜王寺さまのお宅へ伺ってみてもらえないかな。アポはそのとおり、すでに取った」

くしゃくしゃになりかけた紙にある日にちは、たしかに明日の日付。

「でも20時って?」

お客さまを訪問する時間にしては少し遅い気もする。

「文書を読んだだろう? 現象は真夜中に起こるそうだから、その時間に来てもらいたいらしい。宿泊の用意も、と仰っている」

「泊まりがけで……」

なんだかずいぶんと話が大きなことになっている。若干引き気味の私に気づいた店長の眼が、イタズラな笑みの弧を描く。

「桜王寺さまのお屋敷は、明治時代に建てられた歴史ある洋館だ。内装や調度品にも建築当時の面影がまだ多く残っている。井口さんにとっても、いい勉強になると思うけど?」

「喜んで行って参ります!」

店長の誘い文句にかぶせた返事で、私の夏休みの予定は決まってしまったのだった。













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