徹生の部屋
* * *

テーブルを立てて部屋の端に寄せ、ロフトベッドから下ろして無理矢理敷いた、ひと組のシングル布団で一晩を過ごすことにした私たち。

長身の彼の足先は敷き布団からはみ出すし、寝返りを打とうものなら硬い床に転げ落ちる。

そんな状態で、徹生さんの『続き』をする気は削がれてしまったらしい。
エアコンを全開にした部屋で、私を抱き枕がわりにしてふて寝をしてしまった。

それでも熟睡できた私は、早朝にもかかわらず携帯に届いたメッセージの音で目が覚めた。

そっと彼の腕の中から這い出して確認すれば、送り主はお母さん。
昨日の夜にでも撮ったのか、家族四世代の集合写真が画面に映る。そしてひと言だけ。

『待ってるから、いつでも帰っておいで』

ぽたんとひと粒の涙を画面に落とした私は、後ろから抱きしめられる。

徹生さんは耳元で無駄に艶めいた朝の挨拶をすると、「行ってこい」と囁いた。


それからの彼の行動は、非常に無駄がなく迅速だった。

私が支度をしている間に、いまから一番早く搭乗できる便の航空券を取得してしまう。さらにマンション前まで呼んだタクシーに乗り込むと、羽田空港へ直行。
搭乗が始まるまでの僅かな時間で軽食を摂り、実家へ持っていくお土産まで用意してくれた。

「帰りのチケットまで、本当にすみません」

今日から仕事だという彼とはここでお別れだ。一度自分のマンションに帰ってから出勤するという。

「戻ってきてもらわなくては困るからな。ここからはひとりで平気だな」

「大丈夫です。ちゃんと帰ってきますから」

もう、ひとりのときもひとりじゃないってわかったから、大丈夫。
あなたのところへ、絶対に戻ってきます。

だからいまは――

「いってきます」

「いってらっしゃい」

夏休みは今日を含めてあと二日という朝。私は青い空へと飛び立った。



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