徹生の部屋
一度始まってしまったらなかなか止まることないそれは、私の気力がすっかり削ぎ落とされるまで続いた。

「楓ならそう言うと思った。まあ、壊さないまでも、桜王寺家の記念館や博物館にするという手もあるし、持て余したら自治体に寄贈する方法もある。家の者にその案さえ反対されたところで、楓を迎えにいくことを止めるつもりはなかったけどな」

洋館が残される道があると知りとりあえずはホッとしたものの、徐々に彼が言っている内容を理解し始めた私の鼓動は、秒刻みで速さを増していく。

「だけど、どうやら俺の忍耐力は、とっくに限界がきていたらしい。のんびりと結果が出るまでなど、とてもじゃないが待てなかった」

徹生さんは力なく彼の胸に添えていた私の左手をとり、恭しげに捧げ持つ。
薬指の付け根に口づけを落とした……かと思ったら、カプリと歯形をつけられた。

「痛いっ! なにするんですか」

「うるさい! 勝手に同居を解消した罰だ。まだ夏休みは終わっていないというのに」

「だって! 私はもう、徹生さんに必要ないと思ったから! 私とは住む世界の違う人だから……」

また俯きかけた顎先が掴まれ、否応なしに上を向けられる。強制的に合わされた瞳には、怒りの色さえ見受けられた。

「なんだそれは。いつの時代の話をしている。それとも、いま、ここでこうして俺の目の前にいる楓は、実はタンスの引き出しからやってきた、異世界の者なのか?」

私のほうですか!?
当然の如く全力で否定すれば、そうだろう、と鷹揚に頷かれる。

「おまえの素性は町中に知られている。いまさら逃げようなんて思わないほうが身のためだぞ。それとも楓は、俺を『婚約者に捨てられた惨めな御曹司』として週刊誌にネタを提供するつもりか?」

なんの冗談ですか、それ。必死で首を横に振り続ける。その顔をバシッと両手で挟まれ、真正面から見据えられた。

「だったら、おとなしく俺のところへこい。もう絶対、ひとりになんてしないから」

再び唇が重ねられ、私は返事をする代わりに、それに深く深く応える。徹生さんの背中に腕をまわし、しっかりと抱きしめた。
彼の鼓動まで伝わってくる確かなこの感覚は、決して夢じゃない。だから何回キスをしたって、いまが覚めることはないのだと思うと安心する。


そう。この熱が醒めることはないと思っていたのだけれど……。

ゆっくりと唇を離した彼が眉をひそめる。

「ところで、この前この部屋に入った時も思ったんだが」

はて? なんでしょう。

「この続きはどこでヤればいい?」

目玉だけを動かして室内を見渡せば、ど真ん中にあるテーブル。その周りを取り囲む家具家電。それらの間は、人ひとりが通るのもやっとだ。

あと、空いている場所はといえば、

「……ベッド?」

人差し指で天井を示すと、この上なく嫌な顔をされてしまった。







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