魅惑への助走
 ……。


 「ごめんね。俺がなかなか戻らなかったばっかりに、武田さんがあんなチンピラに絡まれちゃって」


 二人きりになってしばらくして、今度は上杉くんが謝ってきた。


 「気にしないで。上杉くんは飲み会、参加しなくていいの?」


 「……連絡はあったけど、欠席の返事してたんだ」


 あの人たちは卒業年度は異なるものの、全員が同じゼミの出身者。


 すでに司法試験に合格し、法曹の世界で活躍している人たちのグループだという。


 「セミナーとかには顔を出すけど、飲み会はあんまり……。なんか惨めになるしね」


 「惨め?」


 分かる気がする。


 仲間の中にはマスコミにも取り上げられ、華々しく活躍する人も。


 一方の上杉くんはまだ浪人中で、スタートラインにも立てていない。


 住む世界が異なってしまったことにより、元々は仲良かった人たちとも微妙な隙間が生じてしまうのだと思った。


 そして上杉くんは、片桐たちのことを「チンピラ」と表現した。


 AV男優だとは気がつかなかったのか、知らなかったのか。


 とりあえずは危機を脱出した。
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