魅惑への助走
 あんな男の戯言を、真に受けたわけではない。


 ただホームページに記載されていた、「誰にでも可能性がある」「高収入」との謳い文句に多少心が動いただけ。


 AV女優募集記事の。


 ……さすがに即、ホームページ内応募フォームから申し込む勇気はなかった。


 「全然ガラじゃないじゃん」と笑われ、書類選考落ちするような気がしていた。


 来ない返信をずっとパソコンの前で待ち続けるのも、かなり切なかった。


 ならば一度、現場を見学させてもらって雰囲気を読んでみようと考えた。


 もし私が本当にAV女優に向いているのだとしたら、そこでスカウトされるかもしれないなどと皮算用して。


 「……」


 豪勢なビルディングに、一歩足を踏み入れた時のことだった。


 「あ」


 「す、すみません」


 中から駆け足で飛び出してきた女性と、ぶつかってしまった。


 「あれ? 武田さん?」


 「あっ、榊原(さかきばら)先輩!」


 大学時代に所属していた文芸部の、榊原さんは二年先輩だった。
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