魅惑への助走
 ……。


 「ごめんねー。ちょっと急いでいて」


 榊原先輩は今日の午前中までに、送金しなきゃならない用事を忘れていて。


 ダッシュで近くの銀行ATMに駆け込んでいた。


 送金を終えた先輩と、久しぶりにお茶することになった。


 「先輩は時代小説作家志望でしたよね」


 私も榊原先輩も、有名私立大学の文芸部OG。


 うちの大学の文芸部は名門で、大物作家を多数輩出している。


 芥川賞、直木賞受賞者も……。


 だけど在籍者全員が、作家としてデビューできるわけではなく。


 大部分は卒業後、趣味として続けていくのが関の山であり。


 先輩も卒業後正社員として就職せず、派遣社員となって時代小説家としてデビュー目指して頑張っている……までは、風の噂で聞いてはいたけれど。


 おそらくデビューまでは、至っていないのだろう。


 受賞とかデビューとかってなったら、これまた卒業生ネットワークを通じて、私の耳にも届いているはずだから。


 「うーん。夢はある意味叶ったんだけど。親からは勘当されちゃって」


 「えっ、勘当?」


 最初、意味が分からなかった。


 「仕方ないよね。作家っていっても時代小説作家じゃない、アダルトビデオの脚本だから」
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