魅惑への助走
 ……。


 「武田さん、早く早く。後半始まったところだよ」


 バスルームを出てキッチンへ戻ると、上杉くんは夢中になってテレビにかじりついていた。


 サッカーのワールドカップアジア予選は、ちょうど後半開始のタイミングだった。


 上杉くんに呼ばれるまま、冷蔵庫から取り出した缶ビールを手にリビングへと入った。


 「乾杯」


 「勝利の乾杯までは待ちきれないから、まず乾杯……あっ」


 缶ビールで乾杯をした瞬間だった。


 日本代表は相手コーナーキックから一瞬の隙を突かれ、失点を喫してしまった。


 「うわ~。やられた」


 ビールを口にするのも忘れて、上杉くんは呆然としている。


 「まだ時間たっぷり残ってるから、大丈夫じゃないの? 相手のウズベキスタンって強いの?」


 「ソ連から独立後、まだワールドカップ本大会出場経験はないけれど。近年アジアでは上位につけているよ。背番号8のアレックスって選手に要注意だ」


 「背番号8……この選手か」


 ウズベキスタン代表選手の顔は誰一人として分からなかったので、背番号で確認。


 黒い髪と黒い瞳の、エキゾティックな選手だった。
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