魅惑への助走
 「あ、そうだ」


 避妊具を忘れていた。


 いつもは男のほうで自主的に装着してくれているので、気づくのが遅れた。


 このようなシチュエーションを予期していなかった上杉くんは、当然持ち合わせていない。


 これまた私の部屋に常備されている。


 出入りの業者の試供品なのだけど、一箱まとめてもらったためにすごい数。


 最近はこういう展開もご無沙汰だったため、ほとんど未使用のままベッド脇の棚に置きっ放しだった。


 「使って」


 箱から一つそっと取り出して、上杉くんに手渡した。


 「え、これ……」


 戸惑った表情で受け取る。


 「付けないでする勇気ある?」


 「いや、それは……」


 「じゃ付けて。付けても違和感ないくらい薄いから」


 「……」


 袋のギザギザから切れ目をいれ、中の避妊具を取り出して装着。


 ……馴れた男なら瞬時に済ませるのに、上杉くんは引っ張ったり伸ばしたりした挙句、破いてしまった。


 「ご、ごめん」


 「あらあら。新しいの出すから」


 再び取り出して、改めて手渡す。


 だけどさっきと同じように、ぎこちない手つきでモタモタしている。


 「早く……付けて?」


 「ごめん。これ使ったことなくて、上手くいかない」


 「え?」


 「今まで一度も……こういうことしたことなくて」
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