魅惑への助走
 「ごめん。……昨日、痛かったよね。程度が分からなくて」


 自分の慣れない行為が、私に痛みを与えたと思っていたらしい。


 「全然……」


 それどころか感激のあまり、私は泣いていたのかもしれない。


 テクニックのある男に抱かれ、肉体的に満たされたことはあるものの。


 身も心も濡れ尽くすほどに、浸ることができたのは初めてかもしれない。


 好きな人と結ばれるのは幸せなことなんだって、改めて思い知らされたのだった。


 「こんなに満たされたの、初めて」


 その気持ちを少しでも伝えたくて、抱きしめる腕の力を強めた。


 「俺も……。自分を抑えていたのが、馬鹿馬鹿しく感じられた。こんなに夢中になれるのなら、もっと早くこうなってしまえばよかった」


 上杉くんも私を抱き返してくれた。


 「女の人がこんなに気持ちいいものだなんて、今まで知らずに生きてきたから」


 その言葉に、ちょっと不安もある。


 「私が気持ちいいんじゃなくて、女なら誰でも同じかもしれないって思わない?」


 「誰でも?」


 「私以外の女とも、試してみたいって気にならない?」


 「まさか」


 上杉くんは笑って否定した。


 「俺には明美がいてくれれば十分だよ」


 そして頬を寄せる。
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