魅惑への助走
 「アダルトビデオ……。AVってやつですか」


 今度はさすがに、声は小さめに。


 正午を迎え、店内はほぼ満席になった。


 逆にざわついてきたので、もう大声で喋っても周囲に聞こえたりはしないことにやがて気がついた。


 「それで、官能小説を今は書かれているのですか?」


 「最初のオファーは、私の既発表作品をAVの原作として使わせてほしい、といったものだったの」


 「ある意味、ドラマの原作者ですね」


 「初作品が好評だったようで、その後連続してオファーが来るようになって。そのうち直接、脚本まで書かせてもらうようになってた」


 今やそのブランドというかメーカーの、売れっ子作家として活動しているらしい。


 「だけど未だに信じられません。硬派な時代物を執筆していた先輩が、AVの台本を書いてるなんて。AVってあれですよね。ただやってる音とあえぐ声さえあれば、粛々と物語は進んでいくんですよね」


 AVへの典型的な偏見を持っていた私。


 「ただその場限りの性欲解消には、それで十分なのかもしれないけれど。うちのメーカーではもっと、ストーリー性重視な作品を手がけているんだ」


 「ストーリー性重視?」
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