魅惑への助走
 夕焼け空の下、並んで歩いて私の部屋へ向かう。


 買い物帰りの新婚夫婦みたい。


 「何か手伝えることある?」


 買ってきた食材を、テーブルの上に並べていた上杉くんに尋ねた。


 「いいよ明美は。休んでいて。仕事で疲れてるでしょ」


 「でも、」


 「だったらただ一つ、炊事道具とかお皿とか、出しておいてくれないかな。他人の家の棚や引き出しを勝手に開けるのは、気が引けて」



 「はーい」


 上杉くんは冷やし中華を作るというので、調理に必要な道具やお皿を準備した。


 「卵を焼いたり、時間がかかるから。明美は先にお風呂とか済ませておきなよ」


 「了解」


 私がお手伝いしても、邪魔になるだけだと思われたので。


 調理は一切お任せして、私はバスルームへと向かった。


 「それにしても綺麗なキッチンだね。いつもきちんと磨いてるんだね」


 「……」


 ろくに使わないので、いつまでも綺麗なままなのだとは答えにくかった。
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