魅惑への助走
 「あ、明美。ちょうどよかった。キッチンペーパーある?」


 シャワーをざっと浴びて、隣接するキッチンへと向かっていた時、上杉くんに尋ねられた。


 「えーと、銀行でもらった粗品が」


 戸棚の中から探し出して何とか発見。


 それを手にキッチンに立つ上杉くんのそばへと歩いた。


 「ここに置いておくね」


 包丁を手に、まな板の前に立っていたので、直接は手渡さなかった。


 その際ひょいと覗き込むと、薄く焼いた卵は千切りにされ、皿に乗せて冷ましている最中で。


 次はきゅうりの千切りに取り掛かっているところだった。


 麺をゆでるのは最後らしい。


 卵は綺麗に黄色く焼かれており、非常に美味しそう。


 「美味しそう。早く食べたい」


 早く食べたいのは、冷やし中華というよりもむしろ。


 「わっ。危ない」


 背後からいきなり抱きついたら、上杉くんは驚いて包丁を手放しそうになった。
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