魅惑への助走
 「あ、危ないんだけど。指切りそう」


 私に抱き付かれても、野菜の千切りをやめない上杉くん。


 薄いTシャツ越しに互いの熱が伝わり、体が熱くなり、欲しいという気持ちが止められなくなる。


 今は料理よりもまず、


 「ねえ。しようか」


 「えっ。な、何を」


 「分かってるくせに」


 「……」


 包丁を動かす手が止まる。


 「こっち来て」


 それを同意の合図とみなし、向こうの部屋へと連れて行こうとしたら、


 「い、今中断したら、野菜が干からびる」


 食材の保全を要求するので、一度作りかけのものを片付けることにした。


 丁寧にラップをかけるなどして、野菜を冷蔵庫に入れている。


 それからシャワーも要求された。


 「一緒に入ってもいいけど」


 「いや、いいから!」


 恥ずかしがって逃げようとする。


 「もう散々見られてるのに」


 今さら隠しても手遅れなのに、彼なりの恥じらいがあるようで。


 私から逃れるように、バスルームへと消えていった。


 「じゃ、ベッドで待ってるから~」


 ドア越しに伝えておいた。
< 217 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop