魅惑への助走
 「え? 付き合ってるでしょ」


 「いや、付き合ってない」


 「だって一昨日、明美が」


 一線を越えようとした際、「付き合ってもいないのにこんな」と古風な言い逃れをする上杉くんに対し。


 私は「だったら今から付き合えばいいじゃない」と、既成事実を設けようとしたのだけれど。


 「でも私のその提案に対し、上杉くんから返事もらってない」


 「えっ。そうだっけ?」


 「うん」


 私は手を止め、黙って上杉くんを見つめる。


 「……今さら確認するまでもないじゃない? もう俺たち、何度もこんな」


 「こんな……?」


 「こんな……」


 乱れた衣服のまま、上杉くんは私を見る。


 彼の中では、正式に口約束を交わさずとも、こうやって何度も体の関係を持った以上、すでに付き合っていることになっていたようだ。


 「女の子はね。そういう時はっきりと言葉にしてほしいものなの。二人の付き合い始めなんて、一度きりしか訪れない、貴重な瞬間なんだから」
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