魅惑への助走
 ……夢を見ていた。


 先ほどのカラオケボックスの空き室、私はまたしても片桐に襲われそうになっている。


 絶体絶命、このままやられてしまうんじゃないかってあきらめかけたまさにその時。


 背後から正義の味方が現れ、片桐の肩を掴み。


 私から引き離して、そのまま一発殴って撃退。


 私をピンチから救ってくれたのは、


 「……上杉くん?」


 喜びのあまりそのまま抱きつき、そして……。


 唇を合わせる。


 片桐に触れられた場所を、全て消毒して痕跡を消すかのように。


 「ん……」


 夢なのに、感触があまりにリアルだった。


 体が火照りだし、もう寝てはいられないくらいに。


 「上杉くん?」


 夢なんかじゃなかった。


 上杉くんが私を、背後から抱きしめてくれていた。


 夢と現実が別のものではなくて、とても嬉しくて……。


 ただ夢と一つだけ違ったのは、


 「もう限界」


 耳元で囁かれたその声が、この抱擁は安らぎのためのものだけじゃ物足りないと告げている。


 同じベッドに身を横たえ、何もないままで終われないと。
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