魅惑への助走
　「い、嫌です！　私AVなんて！」


　手を払いのけ、思わず大声を出してしまった。


　「明美ちゃんどうしたの？」


　さすがに榊原先輩が異変に気づき、駆け寄ってきた。


　助けを求めすがり付きたかったけど、もしかしたら先輩は、私をAVに出演させようとする悪人の可能性があるので、迂闊に信じてはいけない。


　「あ、武石（たけいし）さん。おはようございます」


　先輩は武石と呼ばれたその男に挨拶した。


　もう午後なのに「おはようございます」と挨拶するのかなどと不思議に感じ、頭の中は冷静な私がいた。


　「おはようございます榊原さん。あれ、もしかして僕、人違いしちゃったかな？」


　先輩が私を明美ちゃんと呼んだのを聞いたためか、武石さんは人違いに気が付いたようだ。


　「これはこれは……。本当に失礼いたしました」


　先輩が武石さんに事情を説明し、ようやく誤解が解けた。


　「明美ちゃんがあまりに綺麗だから、相手役の女優さんと勘違いして、これからの撮影を楽しみにしちゃいました」


　武石タケシさんは、売れっ子のAV男優だった。


　ちょうど若手から中堅へと差し掛かる世代の。
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