魅惑への助走
 ……。


 宴もたけなわ、私が何曲か歌い終わった後は、歌自慢のおじさま数名がマイクを交互に回していた。


 ステージで喉自慢を繰り広げている。


 「お疲れさま」


 隣の席に、葛城さんがグラス片手に入り込んできた。


 「あ、先ほどはほんとすみませんでした」


 二次会では最初席が離れていたものの、隣のおじさまがトイレのため席を立った隙に葛城さんが現れた。


 「ああ。清掃のおじさんのことね。気にしなくていいよ。話のネタには使わせてもらうかもしれないけど」


 「笑い話で済ませていただけたら幸いですが……」


 周囲の人たちがカラオケと、そして自分の左右の人たちとの会話に夢中になっている間。


 私は葛城さんとしばらく二人きりで話をする時間が生じた。


 「今日の最大の収穫は、明美ちゃんとお近づきになれたことだよ」


 「収穫、といえるほどのものでしょうかね」


 「うん。明美ちゃんはボウリングでもビンゴでも優勝してラッキーの連続だけど、俺もそれに遜色ないくらいラッキーだったよ」


 「そう言っていただけるのは光栄です」


 「それにしても今日はラッキーの連続だったね。ボウリングにビンゴ」


 「……最近ろくなことがなかったから、これでようやくプラマイゼロってとこでしょうか」
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