魅惑への助走
 「じゃ、仕事が終わったら」


 葛城さんに押し切られる形で、今晩退社後会う約束となってしまった。


 「……どうしたの明美ちゃん。コートとかブラウスとか聞こえてきたけど」


 深刻な表情で葛城さんと長電話していた私を見て、榊原先輩は心配したようで電話を終えるとすぐに尋ねてきた。


 指摘通り有線放送に邪魔され、葛城さんの声までは聞こえていなかったようだけど。


 私が発する言葉と深刻な表情が、色々と憶測を呼んだようだ。


 社長も心配そうに見ている。


 「いえ、何でもないんです。ボウリング大会の会場に忘れ物があったみたいで。でも私のものじゃなかったです」


 とっさに嘘をついてしまった。


 葛城さんとのことは、誰にも怪しまれないほうがいいと判断したから。


 「へえー。この時期にコートはともかく、ブラウス忘れるってことは、ボウリングしているうちに熱くなって、脱ぎ始めたんだろうかね。相当クレイジーな人もいたんだね」


 「勝ち負けがかかると、目の色変わる人が多いですからね」


 「うんうん。うちのボウリング大会、景品豪華だし」


 幸いなことに、徐々に話題は逸れていった。
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