魅惑への助走
 退社後。


 職場の人たちには、買い物へと急ぐふりをして定時に退社。


 しかし留守番している上杉くんには、「営業で遅くなるから、先に何か食べていて」とメール。


 葛城さんが待ち合わせ場所に指定してきたのは、六本木界隈のイタリアンレストランに18時。


 時間に余裕があったので、ゆっくりと移動。


 それでも17時50分には到着。


 約束の時間より早く着いてしまい、やる気満々だと勘違いされたらどうしようかと少し心配だったけど、まだ葛城さんは来てなかった。


 恐る恐る入店し、先に指定された座席につく。


 待っている間、テーブルの上にあるメニュー表を暇つぶしに眺めてみたところ。


 ディナーコースは、私の財政状況ではとても食べに来られないような金額のものばかり。


 職場に置きっぱなしの、緊急用営業用スーツをこっそり持ち出して、途中の公衆トイレで着替えては来たものの。


 場違い感が強すぎて落ち着かなかった。


 「ごめん、待たせたかな」


 葛城さんは18時2分に到着。


 「いえ、私もさっき着いたばかりです」


 一人で待っていた時間は十分程度だったはずなのに、それは異常に長く感じられた。
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